本記事はFediverse創作展示会 16日目の展示です。


私は書く。

「書く」ということばを考えながらペンで紙に文字を書き写す。 右手の指は黒い万年筆の軸をつまんでいる。 左手は帳面のページを抑えている。 頭の中の漢字の角ばった線を右手でなぞる。 ペンの先からインクが流れ出す。 染料の溶けた液体が紙の繊維に染み込み、黒々と存在を主張する。

創作の神が降りるのを、カフェのテーブルに小さなノートを広げて手を動かしながら待つ。 目の前に見える物体の名前を書き写す。

赤い表紙の帳面。黒い軸の万年筆。窓から差し込むひかり。コーヒーカップ。湯気。紙ナプキン。手書きの伝票。テーブルの木目。

うめき声が姿を現したかのようならくがきだけが紙面を埋める。

神はまだ遠い。

ミルクの入ったコーヒーを一口飲む。

香ばしさ。乳くささ。風味ゆたかな液体。 苦み。かすかな甘み。熱さが舌をおそう。

ずっと人間たちの精神を刺激してきた妙薬も、頭脳にひらめきを運ぶにはまだ足りない。

視線をノートから上げる。

カフェの窓の外は乾いた光に満ちている。 公園のくすんだ緑が見える。 風が葉の乏しくなった木々の枝を揺らす。

空気が冷え込んだおかげでのんびり歩く人は見えない。

創作の神も冷え切った頭にはやってこない。

燃え盛るような興奮の中にやってくる創作の神のことを考える。 頭脳を加速させて取り止めのないことばかりを生み出す混沌の神を。 指先から溢れんばかりのことばの奔流の早さを。 紙に写し取るには急激すぎる、神が見せる幻のことを。

静かで冷たな頭から、加速した脳の生んだ思考を取り出そうと私はもがく。 白い紙の束の上は青いインクの意味のない線が埋め尽くしていく。

私は書く。

書けないということを書く。 書けなさが文字になって紙を満たす。