楽器を買おうと思ったのは、頭が良くなりたかったからだ。
ずっと天才願望を抱いていたから、音楽を練習することは脳にいいというようなことは知っていた。 なにか楽器を手に入れるべきだと思っていたが、何を買うかはずっと迷ったままだった。
ある日、シンセサイザーを眺めようと梅田の楽器店に行った。
シンセサイザーは機械らしい機械の形をしているから好ましい道具の一つだ。 鍵盤型のものが有名だが鍵盤のないものもあって、これは昔のSF映画に出てくる宇宙船の操作盤のような機械だと思っていい。 その操作盤をあやつって、美しい音、不思議な音、攻撃的な音、風のような音を作り出せるのだから、面白い道具だ。
そんなことを考えながら色々なツマミ、ボタン、ケーブルのついた機械を見ていたら、隣のギター売り場で店員がフレーズをジャラジャラと弾いた。
かっこいい。
頭をよくするための楽器はギターにしようと思った。 指の動きはなかなか複雑そうで、エレキならヘッドフォンで練習できて、そしていろんな見た目のものから選べて楽しそうだ。
だから、地元のギター専門店で黒いマットな色のエレキギターを買った。
最初は熱心に練習した。
ギターは弦を押さえる指が痛くなると聞いたけど、そこまでつらくはなかった。 部活で挑戦したユーフォニウムの方が唇の皮が剥けて最初はつらかったなと思った。
ギターを握らない時も指をストレッチして、うまく動くように手を慣らす。 指がもう少し長ければいいのにな、と中学生のようなことを考えることもあった。
人並みにセーハがなかなかできず、Fコードの押さえ方のアドバイスを探すこともした。
読むと、Fコードが押さえられずに挫折して辞める人もいる、という話と、誰でも弾けるようになるから頑張れという話が同じ記事に書かれていた。
「誰にでもできてへんやん」
俺はツッコんだ。
そんな難しいFコードも1週間集中的に練習したら何なく押さえられるようになった。
これが俺のギター人生のピークだった。
そもそも別にギターを使った音楽に興味があって始めたわけではないのだ。
いや、ジャズは好きだからビル・フリーゼルくらいは聴いた。
すごいと思った。余白の美を感じた。
真似したいとは思わなかった。
ただ、圧倒されただけだった。
今はクロマチック・エクササイズだけ週3日やっている。 かなりスラスラと指が動いて、練習速度が上がってきた。
新しい神経回路が繋がってきたようだ。
音楽らしいことはまだ何もしていない。