それは、ある日突然おとずれた。
いつものようにMoshidonアプリ(Mastodonクライアント。Pleroma系実装にも対応している)を開いてタイムラインをスクロールして思った。
「いやこれ、うるさすぎんか」
タイムラインに流れるのは、言葉、言葉、言葉。
それはしかもまとまった思考ではなく、各々の断片的なつぶやきと時々会話。 そのつぶやき的投稿たちがひっきりなしに流れ込むタイムラインはいわばとても騒がしい喫茶店のように感じられる。 そのうえ全員の言葉はかなりはっきりと響き渡る、そんな空間だった。
これは異常事態だ。 2009年9月にTwitterアカウントを作成して以来、17年(!)に渡りこの濁流の如き言葉の流れに身を浸して、ついぞうるさいなんて思わなかったのに。
しかし冷静に考えてみれば、1日に2時間も3時間も誰かの声のかけらを聞き続けて平気な顔をしていた方が不思議な気もした。 直接話しかけるのではなくあまりにも鮮明な独りごとを一方的に受信し続けるというのは、おそらくマイクロブログというものが発明される以前にはなかったことだろうに。
筆者はそんなことを考えながら、黙ってアプリを閉じた。 幸運なことに、騒がしい喫茶店の音とは違ってタイムラインの喧騒はスワイプ1つで消し去ることができた。
それから約1週間。
タイムラインをほぼ完全に見なかった日もあるが、何日か経ってだいたい1日15-20分くらい見ると言う形に落ち着いた。
騒がしくとも人の声を(文字で)聴きたい日もあるし、何より発話したくなるからそのときはアプリを開いて投稿する。 でもエンドレスでタイムラインをスクロールすることはせずに、2画面分くらいの投稿を見て閉じる、というのが新しい習慣となった。
意図的なSNS断ちではないが、だいたい多くとも20分タイムラインを見ればそれで人と繋がっている感覚は得られるので満足らしい。
さて、それまで1日3時間近くタイムラインを見る生活から1日20分生活になったからさぞ生産的活動や読書が進んでいるだろう、と思われるかもしれないが別にそんなことはなかった。
スクリーンから離れられたわけではなかったので、例えばウィキペディアのリンクを延々とクリックし続けるとか、Redditを無目的に見るとか、ChatGPTに話しかけるとか…注意力を奪うものはまだまだたくさんある。
読書時間は以前より少し増えたが、それは新しい電子ペーパー端末を購入したという変数があるので因果関係は不明というところだろう。
そういうわけで、Fediverseのフォロワーの皆様、かなり出現頻度は減りましたが基本的には元気です。 エアリプの類には全く気づかなくなったので、なにかあれば直接リプライいただけると幸いです。
タイムラインになにかを投げる回数も減ってしまったので、まとまった長さの文章でここに公開することは増やしたいとは思っています。
とはいえ、Bloagustもあまり投稿できなかったのでできる範囲でやっていきます。