積み本ばかり増えていく
どういうわけか、紙の本をまたよく買うようになった。
居住環境が変わって大きな書棚を持つようになったからかもしれない。 これまでは部屋のものが多すぎたが引っ越しを機にかなりスリム化し、ガラクタ類を一掃した。 周期的に注力する趣味が変わる自分としては、処分を早まったなと思うアイテムもあったがそれは仕方がない。
思い切って物を減らした結果、壁の一辺を本棚にできるようになった。
本を買っても床に積まなくていい。
これは革命だった。
新しい本棚にはカラーボックスと共用本棚と机上・床上に置いてあった書籍をすべて収納してもまだスペースがある。 余った棚の端に音楽機材の一部を陳列する余裕すらある。
そういうわけだから、紙の本を購入する頻度が増えるのは当然なのだろう。
問題は、本を読むのではなく書棚に揃えるのが目的になっていることだ。
これまでは置き場所という制約のために買うのをためらっていた歴史の資料本を迷わずに購入することができる。
語学の教本も、新刊が出たら何かの役に立つ気がして買い集めてしまう。 (英語や韓国語と違って、台湾華語とロシア語の出版点数ならこれができてしまうのが良くない)
難しいけどOreillyの技術書が手元にあると嬉しいからという理由で購入する。
もちろん、積ん読は悪いことじゃない。
経済的には書店や出版業の支えになるし、手元にいつでも参照できる資料があるのは純粋に強い (パンデミック中に図書館が閉館になって困ったことは記憶に新しい)。
だが、紙の本は取り回しが悪い。
特にハードカバーの書籍は顕著で、電子書籍端末に慣れた手にあの質量はかなりの存在感がある。 持ち運ぶにもカバンの中で場所を取り、しかも筆者はカバーや角の傷みが気になってしまう性質だからいよいよ扱いが面倒だ。
結果、ハードカバーや大部の紙の本は部屋でゆっくり腰を落ち着ける時間に読むもの…ということになってしまうのだが、時間食い虫がたくさんある日常においてはどうしても後回しになってしまう。
きっと筆者の読書は電子書籍端末を使ってスキマ時間にねじ込む形に適応されすぎている。
そういうわけでここ数日は意識して紙の本の読書の時間を増やしているが、なぜか再読ばかりしていているのだった。 今は『フィールド・レコーディングの現場から』を読み直しているが、フィールドレコーディングをやりたいと思って本を買い集めていた頃と何度もレコーダを持って音を集めた後では興味を持つ場所が違っておもしろい。
たぶんこの調子だとしばらく積ん読は減らないどころか増え続けるだろう。
今の部屋にはそれを受け止める体積がある。