ホテルの一室で目を覚ました。
それは清潔で少し狭い部屋だった。 ベッドは自室のロフトベッドよりも広く、しっかりと俺の身体を受け止めていた。
どうしてこんなところで目が覚めたのだろう、とは思わなかった。
昨晩は深夜まで働いていて、神経がたかぶって深くは寝れなかったからだ。 しかも最近はきっちり7時になると起床してしまうせいで、睡眠時間も短かった。 つまり夜間作業ののち待機のため職場近くのホテルで一夜を過ごしたのだった。
ホテルで書きものをしようと思ったが、空腹だったのでやめた。 さっさとチェックアウトして、カフェでモーニングのトーストをかじる。 大晦日なのに朝からちゃんとカフェが空いているのは幸運だった。 コーヒーを啜りながら今日のブログはどうしようかとぼんやり考えた。
名案はない。
ここ1週間それでもなんとかなったので、書けば何かしら書けるだろうと小さな黒い帳面を開く。 タイトルの案を万年筆で何個か書き付ける。 面白くはないし、書けそうにないなと思いながら俺はノートを閉じた。
平日はほぼいつも通る道を逆方向に歩く。 オフィスビル群に向かう道を歩く人はほとんどいない。
清々しい、と俺は思う。
いつもの通勤電車(の逆方向)もすっかり空いていた。 普段はなかなか座れないが、今日は席を選び放題だ。
適当な席に座って、また黒いノートを開く。 膝にカバンを乗せて、その上にノートを置いてダラダラと文章を書き連ねる。 電車が揺れるたびに字も揺れる。
少し疲れて車内を見渡した。 仕事に行くような人は見当たらない。 仕事帰りらしい人も、いない。 立っている人の中に片手に機械を持って天井に向かって手を伸ばしている人がいて、よく見るとそれはICレコーダだった。 電車の車内の音を捕らえているらしい。 その人も俺の最寄りの駅の前で降りて行った。
家に帰ると上のきょうだいがいた。 帰省して来ているのだった。
親はいなかった。 俺が仕事をしている間にインフルエンザを発症して、入院していたらしかった。
「だから一人でおせち作ってるねん」と、一緒に住んでいる下のきょうだいは言った。
きょうだいがおせち料理用の食材を調理している間、掃除をし、親の家庭菜園に水やりをし、病院に持って行く荷物を取りまとめる。
頭の中では書くべき文章のことを考える。 そろそろ書けそうにないな、とうっすら思った。
そう思いながら、1週間何かしら書いてきたのに?とも思った。
軽く昼食をとって、荷物を持って病院に行く。 病院は家から近い。 親も歩いて病院まで行って、診察を受けてすぐに入院させられたようだ。
親はインフルエンザA型だそうだ。 感染してもしょうがないので軽く話をして、荷物を渡してすぐ帰途につく。
きょうだいはおせち作りの続きをする。 俺は昨夜の睡眠負債を返すために昼寝をする。 ベッドサイドのスピーカーから自然音を流し、アイマスクをしてやっと眠りにつくことができる。
そして今、目を覚まして、文章をメカニカルキーボードでvimに打ち込んでいる。
書けない、書ける、を諦めて、ただ文章を書いている。 そうすることでやっと、俺は毎日の責務から解放されて少し安心する。
あなたはこの文章を読む。 読んで、俺の年末のある1日を知る。
それではみなさん良いお年を。Have a great New Year.